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けらけらむしざっき

雑記。いかに楽に、幸せに生きるか。

嫌いな人との関わり方

 嫌いな人との関わり方、というタイトルにしたけれど、嫌いな人なんて作らないのが一番良い。なぜなら、人を好きになるのと同様、人を嫌いになることにも体力を使うからだ。

 ふとしたときに好きな人のことを考えるように、嫌いな人のことを考えてしまうことがある。前者なら、(どうせ自分なんて…みたいなことでも考えない限り)プラスの方向の思考で、精神的にもプラスになるが、後者なら、憎悪などマイナスの方向で、精神的にはマイナスになってしまう。

 同じ体力を使う、にしても、それが精神的にプラスになるかマイナスになるかは大違い。体力を使う上に、精神的にマイナスになるなんて良いことなしだから、やっぱり人を嫌いにならないにこしたことはない。

 じゃあ、嫌いにならない方が良いならどうすれば良いか、という話になってくる。関係が上手くいかない人はどうしたっているからだ。となれば、そういう人は嫌いな人ではなく、苦手な人、というカテゴリーに入れてしまえば良い。

 苦手な人なら、憎悪する必要もないし、実際にその人に接する機会以外では、その人のことを考える必要もない。嫌いな人のことはついつい、あんなこと言いやがって(やりやがって)と考えてしまうのと比較してみると、かなり楽になってくる。

 ここまで苦手な人と実際に会っていない場面を想定していたが、実際には苦手な人と一緒のグループで何かしなきゃいけないときはある。そんなときは、苦手だから、まあ極力関わらないようにしつつ、関わらざるを得ないときは仕方ないよね、と開き直るしかない。結局関わらざるを得ないのだが、それ以外の時間での嫌悪感を減らして行くことで、その時間くらいはなんとか我慢できる場合もあるのではないだろうか。少なくとも、ずっと嫌い、嫌いと思っているよりは。

 とはいえ、前半部分(嫌いなところを考えないようにする)の話は理想論じゃないか、という批判も考えられる。「机上の空論!嫌いなところを考えちゃうんだからしょうがないじゃん!」なんて感じ。はたまた「偽善!」なんてのもあるのかも。確かにそういう部分もあるのだけれど、しかし、実際に考え方を変えてみると、意外と思わなくなったりすることもあるよ、という。「あいつあんなこと言いやがって…あっ、無駄な体力使ってるな。自分のために考えるのはよそう。」なんて感じで万事解決。いやいや、こんな風に考えれないんだよ!という話なんだけれど、こんな風に考えるように訓練するんだよ!ということ。無駄な体力使ってるな、よそうって思うことを繰り返していく中で、徐々に、本当にやめれるようになってくる。ひいては、そもそもあいつあんなこと…なんてことをふと考えたりもしなくなってくる、と信じている。

 そんな感じでいられたら、生きるのも、ちょっと楽になったりするんじゃないだろうか。